It's a rumor in St. Petersburg

アラサー学生です。主にまんがの感想を書こうと思っています。

【考察】『ヴィンランド・サガ』① 物語の構成

 ヴィンランド・サガとても面白いですね。非常にメッセージ性の高い作品ですし、ものすごく難しくないですか? 私だけでしょうか。理解できるまでに20回くらい読みなおしました。整理を兼ねて考察エントリを書いてみようと思います。

 

 

2回に分割して書きました。目次のうち、今回のエントリ該当分は青文字です。

 

関連エントリ

www.anastasia1997.tokyo

 

1.あらすじ

 この物語は西暦1000年頃の北欧ヴァイキングたちの物語です。世はヴァイキングが暴れまわって略奪や戦争をしまくる大海賊時代。主人公トルフィンはアイスランドの小さな村の男の子でした。が、ある時、父親がヴァイキングに殺されてしまいます。トルフィンは仇をうつため、父を殺したヴァイキングの戦団と行動を共にし、その首領アシェラッドをつけ狙います。

 一方、当時はデンマークイングランドが戦争をしており、トルフィンが行動を共にするヴァイキングの戦団もデンマーク王側として戦争に参加。さらには、デンマーク王の第二王子クヌートを担いで王位継承争いにも絡んでいきます。血で血を洗うヴァイキングの世界。その世界の先にトルフィンが見た絶望と希望、罪と贖罪、怒りと赦しの物語です。

afternoon.moae.jp

2.そもそもヴィンランド・サガとは

 私、全然知らなかったんですけど、これって原典があるらしいですね。レイフとかトルフィンって実在人物らしい。Wikipediaをみるとレイフはめちゃくちゃ有名な人のようだ。しかもレイフの父親、赤髪のエイリークというらしい。BASARAのエリックの元ネタってこの人では。ヴィンランドでWikipedia検索するとめちゃくちゃネタバレですね。

ja.wikipedia.org

3.物語全体の構成

 2019年3月現在、21巻まで発売されています。現在のところ、大きく三つのパートに分けられると思います。

 

第1部:アシェラッドを仇とつけ狙う編(1~8巻途中)

第2部:農場編(8巻途中~14巻)

第3部:平和の国を作る編(15巻~)

 

 第1部って、ヴァイキング達の世界を描いていてともかく強い者が偉い。「強い者が偉い」=「万事、暴力で解決」っていう世界です。なにか揉め事があったら決闘で解決、食べ物がなくなったら略奪で解決、暇になったら女の子を攫ってきて解決って感じです。で、主人公トルフィンって強いんですよ。チビなんだけど、頭の良さと素早さがあって重要な仕事を確実に成し遂げていく。伝説のヴァイキングであるトルケルと決闘して判定勝ちを得たり、スヴェン王の第二王子であるクヌートから護衛を任されちゃったりする。巷では「トルフィン・カルルセヴニ(侠気のトルフィン)」って通り名までついちゃう。けど、本人はそんなのどこ吹く風で、望みは「戦士として父の仇と決闘し、戦士として勝つ」ことだけ。一方、父の仇であるアシェラッドも、敵ながらかっこいい男で、狡猾残忍で頭がいい。そいつもトルフィンにはなんやかや一目置いている。強い者が偉いヴァイキングの世界で並みいる強者たちのリスペクトを得ながら、トルフィン自身もかなりの強者になってくいきます。いうなれば、第1部では王道の少年漫画よろしく主人公AがBig Aになるストーリーが描かれている。ともかく強くなる、海賊王に俺はなる!強いやつが偉い!勝ったやつが偉い!

 

 

 

 第2部、今度は農場の世界が描かれます。トルフィンはいろいろあって農場の奴隷にななってる。ここではそれなりに平和な世界が構築されてるんだけど、自由民と奴隷との差別があったりする。奴隷たち生まれた時から奴隷なわけじゃなくて、過去に戦争で村が焼かれたり、略奪を受けたりした結果、今奴隷として農場にいます。力が全ての世界でヒエラルキーの最下層にいる人たちです。

 特にアルネイズという女奴隷は、彼女はなにも悪いことをしていないのに、戦争に巻き込まれ、奴隷にされ、奴隷として暴力を振るわれて自分は大けがの上、流産。夫は目の前で殺される。次々と不幸がやってきてどんどん大切なものを奪われる。最期に彼女には死が訪れるんだけど、彼女にとってはもはや死が幸せであり、生きる苦しみからの解放でしかない。力がすべての世界で、力のない人間の悲劇が丁寧に丁寧に描かれてます。トルフィンはこの農場で過去に自分が犯してきた罪とその結果に向き合うことになります。ここでトルフィン「愛」の意味を知り、平和な国を作ると決意。

 また、この第2部では、暴力にどう対抗するか、というのも大きなテーマとして提示されています。これの掘り下げ方が本当に丁寧。クヌート率いる軍団が農場に襲ってくるんだけど、それに暴力ではない方法で対抗しようとする人が2人いるんですよ。一人は我らががトルフィン、もう一人は農場の跡取り息子オルマル。オルマルは序盤どうしょうもないやつなんだけど、泣きながら自分の過ちを認め、周りの反対を振り切って降伏の道を選びます。このシーン、私、ボロ泣きしてしまった。一方のトルフィンは後半奴隷から解放されたため、もはや農場と関係なくなったにも関わらず、クヌートと農場の間に入って停戦を呼びかけます。そのために、王の家来に殺されそうになるし、絶対に力ではトルフィンのほうが強いんだけど、でも決して暴力に訴えない。非暴力の誓いとその精神力で王と王の家来たちに「暴力以外の解決方法」を示す。このシーンもボロ泣き。

 第2部では主人公がAからBになる物語が展開されます。第1部の価値観の徹底否定。一人の人間がそれまでの価値観として決別して別の価値観を作り上げていく過程を丁寧に丁寧に描いている。強いやつが偉いなんておかしい、踏みにじられる側の人生にだって価値がある、そして暴力のない平和な世界への希求が描かれます。

 そして第3部、暴力のない平和の世界を作るための旅が始まります。その船に乗っているのは、今いる場所では生きていけない人たち。父の真の仇フローキとの出会いで、「愛」を知りつつも「怒り」に感情が支配されるトルフィン。そうした苦悩といまだ暴力の世界と決別しきれない過去を抱え旅は続いていきます。第3部ではBがBCDEFに多様化し行きます。様々な理由で今いる場所で生きられない人たち、マイノリティーダイバーシティの物語です。

  第1部の終章54話のタイトルは「END OF THE PROLOGUE」だということに最近気が付きました。まじか、1~8巻まで全部プロローグだったのか。言われてみれば、ヴィンランド・サガなのに、ヴィンランド名前が数回でてきただけだった。でも、第1部読んでると普通にこれ仇討ちバトル漫画だと思うじゃないですか。それが8巻まで来て仇が死んだところで、実はここまでがプロローグだったとわかるという。暴力の世界のその先に、この物語の真のメッセージがあるわけです。

 

 

 

4.るろうに剣心オマージュ

 A→Big Aを否定して、A→Bを希求する少年漫画、どっかでみたことがあるぜ。アフタヌーン本誌のあおり文に出ていた「不殺」のワードや21巻のガルムの「若くてチビ、短い金髪、右の頬に刀傷…、あんた!トルフィンだろ?」のセリフ、完全に「赤い髪、単身痩躯、その左頬の十字傷、てめえ、人斬り抜刀斎か!」と一致。完全にるろうに剣心オマージュ。るろうに剣心の場合は、物語のスタートの時点ですでに最強なんですよね。A→Big Aのストーリーは物語開始の段階ではすでに終了していて、かなり後半の回想でしかでてこない。あのお話は剣心の贖罪と成長のお話なんだと思うんですよ。途中で新技覚えてさらに強くなったりはしてるんだけど、それもAでは手に入れられないBとしての強さだったりする。物語の分類的にはるろうに剣心と同じカデゴリーだと思ってたのですが、やっぱり作者さんの頭の中にもそのイメージはあったのかな、と思いました。